前回の記事 に関する経過報告です。今回もまた、若干食事中の方におすすめできない表現等含まれてございます。
先週の金曜日に検便を用意せよと言われ、弾薬切れで困ったわけだが、翌土曜日に少しだけ弾丸を補給できたので、めでたく提出できた。とはいえ、このサンプル採取の作業はかなりきついものがあって、
そっちの趣味 をお持ちの方はどうか知らないが、若干吐き気を覚えつつのつらい作業だった。なんか看護婦さんに「たっぷりとらないとやり直しよ!」と脅されていたこともあって…。
さて、一番ハッピーなのは抗生剤を飲んでおなかスッキリというケースだが、残念ながらそうはならず、相変わらずの下痢と若干の出血。
そして、一昨昨日の夜、ふと手首を見ると、何かふくらみができていた。直径 15 [mm]、高さ 3 [mm] 程度のふくらみで、さわってみると柔らかい。即座に、先日ガンで亡くなった愛犬ネロの身体じゅうにできたしこりを思い出した。血便の原因は大腸ガン、そしてガンはすでに身体各部に転移しているということか…。目の前が真っ暗になる気分だった。
まだ確定したという訳ではないし、どれくらいヤバイのかはまだ分からない。今これを妻に悟られるわけにはいかない。幸い、手首を曲げるとよく見えるしこりだが曲げなければたいして目立たない。仕事がいろいろとあるため、即座に病院に行くこともできず、金曜日 (今日) 予約してある診察までは何もできない。そのときまで、自宅ではできるだけ手首をまっすぐにして過ごそう、などとぼーっと考えた。
これまでずっと、死というものは自分の人生の終わりであり、そのこと自体がどうしても受け入れがたい理不尽だと感じてきた。ロボット工学をやりたいと思ったのも、その先に「銀河鉄道999」で言うところの「機械の身体」があると思ったことが一つの動機だ。「風の谷のナウシカ」の漫画バージョンで宮崎氏は、「自然」であることの価値を原理主義的に主張していた (と思う) が、オレにとってその意味での「自然さ」はまるっきり無価値だ。価値とは、自分にとって楽しいと感じること、有意義だと感じること、それ以外にない。そして、その価値は、死とともにそれ以上増加できない量となる (お分かりの方はお分かりだと思うが、オレは神様だの死後の世界だのを腰抜けの現実逃避だとしか見なしてない)。それを防ぐことの意義、それは幸福の追求そのものであり、善そのものであって、原理主義的自然崇拝などお呼びじゃない。そして、そんなテクノロジーがまだできていない現段階において、死が、自分の幸福が失われることが、たまらなく怖い。そう思って生きてきたつもりだった。
しかし、いざ「これはダメかも分からんね」となったとき、頭の中に浮かんだのは家族のことだけだった。
昨日の夜、今日の診察をいろいろと想像しつつ、これから死ぬまで何回子供と遊べるんだろうかなんて考えながら子供と遊んでいたら、せがれ (自称たんたん) が「ハッピーバースデー トゥーユー♪ たんたんお巡りさんが、パパに誕生日を持ってきたよ! どうぞ〜」と、オレに誕生日をくれた。どういう脈絡でそういうことになったのかはサッパリ意味不明だが、「これで少なくとも来年の誕生日までは安泰だぜ」なんて思いつつ、涙をこらえた。今までずっと無自覚だったけれど、家に帰ったら家族が待っているということ自体が、なんというラッキー、なんという幸福なのかと、初めてはっきりと感じた。自分が何をしたいかなんてことはどうでもよくて、この幸福を手放すことだけがどうしようもなく恐ろしかった。
そして今日、近所の秦病院の胃腸科の医師に、深刻な表情でこのしこりを見せた。先生曰く…「あ、これね、ガングリオンっていう奴。ガンとかは手首にはめったに出ないし、こんな柔らかくないからね。」と。「え、ガンじゃない?」「ガンはガンでもガングリオンだっつーの! HAHAHAHA!とりあえずガングリオンでググってみなよ。」(一部脚色) ということでした。まさに「一笑に付す」という奴。ググると
こんな感じ。
上記のようなことをさんざん考えた末のこの結末でございます。HAHAHA
まあでも、検便の結果病原性の細菌は一切検出されず、血液検査の結果炎症反応もないのに血便・下痢が続いているという状況自体はヤバイといえばヤバイので、腸カメラを受けることになった。この病院では1ヶ月先とかそういう話ではなく、「君の都合に合わせるよ。いつがあいてる? 25日? 大丈夫、適当にねじ込むから。」みたいな。
日立総合病院 や
おおたしろクリニック での1ヶ月待ちだの2ヶ月待ちだのはなんだったんだ。とはいえ、おそらく若干の無理をして早くやってくれるのだろうと思う。ほんとうにこちらの不安に対して親身になってくれるいい先生だと思った。
さて、まあ結局やっぱりガンでしたという話もあり得るわけですが、それとともに怖いのは、ついにこの年になって禁断のあそこへの侵入を許してしまうということでございます。まあその報告はそのときに (けっこうつらいらしい…)。
というわけで、壮大な空回りの先にあったのは家族への思いでしたというお話と、おしりの貞操ヤバイというお話の2本立てでお送りしました。